■2023年1月22日 第10回 春菊・せり 〜 講演「セリ」について 宮城県農業・園芸総合研究所 野菜部 露地野菜チーム 技師 高橋勇人氏
◇はじめに
  • 宮城県農業・園芸総合研究所は、仙台市の南、名取市にあり、試験場は山の中に建っています。

  • 私が所属しているのは、野菜部・露地野菜チームです。ほかに、イチゴチーム、施設野菜チーム(パプリカ・トマトなどの試験)、生産工学チーム(栽培者の身体的負担を軽減する研究など)があります。露地野菜チームは、露地で作る野菜の栽培技術等を検討しています。

  • 宮城県は東北地方ですが、冬の寒さ、夏の暑さは比較的厳しくありません。春と秋は一瞬で過ぎ去ります。こうした特殊な気候なので、他県で作れない時期に野菜を作れるのではないかと、端境生産技術に取り組んでいます。たとえば、5〜6月に採れる長ネギや、12月に採れる新タマネギなど。また、水田転換畑での野菜の栽培技術、温暖化に対応した栽培技術なども検討しています。
宮城県農業・園芸総合研究所
野菜部 露地野菜チーム 技師
高橋勇人氏
  • 基本的には、主要露地野菜が多いのですが、特産野菜であるセリの栽培にも携わっています。
◇セリの来歴
  • セリは、日本で食用として古くから利用されている野菜のひとつです。「万葉集」(753年)にはセリ摘みの歌が存在します。七草がゆ(春の七草)のひとつで、冬は青物がないため、野セリを摘んで食用にするのが昔から一般的でした。こうした食文化は、中国から伝来したといわれています。

  • セリの栽培は、「延喜式」(918年)に記録があり、千年以上前から始まっていたと考えられます。

  • 中国では、三代(夏・商・周 紀元前1,700〜1,200年)の頃には、すでに一般的な野菜であったとされています。日本よりさらに歴史が古く、技術も進んでいました。

  • セリの学名は「Oenanthe javanica」。セリ科セリ属です。セリ属には約30種あるとされますが、日本に自生しているのはセリ一種のみです。日本全国・中国大陸・東南アジア・オセアニア等にも自生しており、中国でも日本と同様のせり自生しています。学名はひとつですが、地域による分化は進んでいると思われ、たとえば京都のセリと宮城のセリは違う形になります。
◇セリの生育と形態
  • セリは鍋やお正月商材のイメージがありますが、一年中ほ場にあります。

  • みなさんが食べているセリは、本田(ほんでん)で育てています。セリは種ではなく、ランナーというイチゴと同じような増え方をします。本田と、セリを増殖させるための種田、この2つの田んぼを使うか、もしくは種田のあとをすぐ本田にしたりして、ほぼ1年中育てられています。

  • 根ぎわから出る葉を「根出葉(こんしゅつよう)」といいます。セリの葉は、葉柄と葉身からなっており、さらに葉身はいくつかの小葉からなっています。小葉の形は、ハート形から楕円形までさまざまです。一般的に市場では丸みを帯びているほうが好まれるようです。

  • 節間は、秋冬時期は伸びず、春先から徐々に伸長します。節が上がると食感がかたくなり、上がりすぎると商品価値がなくなってしまいますが、節はおそらく日長で伸びるので対処がむずかしい面もあります。

  • 農家さんは秋冬期に本田からの収穫の中から、見た目のいい株を翌年の種セリの親としてとっておきます。1株のセリを植えると、分けつ株ができ、ランナーが発生します。それを種セリの元にします。

  • 同じセリでも、春夏の葉は、秋冬時期より青々とします。私見ですが、葉先が鋭くなるような気もします。雑草に戻るというか、野性味が増す感じです。

  • 開花は7〜8月頃、色は白色〜淡桃色(栽培は白が多い)。この時期東北本線に乗ると、線路沿いにセリの花が開花している風景が見られます。

  • 受粉すると結実します。セリのタネは2つの種子があわさっており、非常にかたく、水に浮きます。

  • 種で増やさない理由は発芽率です。最悪1割、条件がよくても4〜5割程度なので、種からの栽培はほとんど行われていません。大分県では水耕栽培で、種から栽培しているそうです。発芽率に、県独自の技術があるのでしょう。
◇品種・系統の歴史
  • 一昔前までは、ほとんどの地域で野生セリを食用としており、栽培している地域は少なかったようです。野生セリは自生している雑草です。草丈が低く、這うように横に伸びます。食用部分は少なく、葉先が尖っているものが多い。一方、栽培セリは草丈が高く、立って上に伸びます。葉先は丸いものが多い。商品価値は栽培セリの方が高く、なかでも、東京、松江、仙台産は形もすぐれていました。

  • 島根県松江市のセリは特に評価が高く、「青茎」と「赤茎」の2系統を栽培していました。1968年1月、青茎系統を「島根みどり」、赤茎系統を「松江むらさき」と命名したそうです。それが青森県岩木町(1966年)、京都市(1967年)など、各産地へ導入され、宮城県名取市(1978年)にも 「島根みどり」が導入されました。

  • 以降、セリの新品種は出ていません。選抜された地域独自の形でも、ルーツは松江のセリが多いのではないかと思います。管理方法が今とは違い、系統群を品種にしている感じです。
◇各地のセリについて
  • 茨城県行方市はセリの産地として有名です。「茨城県銘柄産地」に指定されており、水稲やレンコン後に作付けする二毛作栽培が主流です。

  • 青森県弘前市、岩木山の麓にある一町田地区の「一町田(いっちょうだ)セリ」は、とてもきれいで、葉身部が白いのが特徴です。

  • 岩手県北上市の「江釣子(えづりこ)セリ」は、「すず」と呼ばれる湧き水を使用しています。

  • 秋田県湯沢市の「三関(みつせき)セリ」は、根が白く太くて長いのが特徴。近年は根も食べる文化が広がっている中で、根を売りにした三関セリは売り方がうまいと感じます。草丈はそれほど長くはないのですが、しっかりと根がついています。雪深い地域なので、パイプハウス内の田んぼで作られています。
◇宮城県のセリについて
  • 宮城県といえばまず、名取市の「仙台セリ」。約400年前から栽培されています。最初の「名取1号」以降選抜が進み、現在は「名取5号」と「名取6号」が主力です。おそらく「島根みどり」由来の系統でしょう。草丈は30〜40p程度。ブランド化推進のため、2019年11月にGI申請をしました。収穫時期は8月下旬〜4月上旬と長く、根付きの「根セリ」を出荷しています。

  • 「仙台セリ」は、名取川の伏流水が流れる上余田(かみよでん)、下余田(しもよでん)の2つの地区で栽培されており、部会も2つあります。お互い切磋琢磨して、高品質のセリを栽培しています。地下約100mから地下水をくみ上げており、水温は年間を通して12〜13℃。ほ場巡回などでしっかりとした生育管理と、調製・出荷管理をしています。

  • もうひとつが、石巻市の「河北セリ」。約300年前から栽培されています。主力品種は「みやぎVWD1号」、「島根みどり」、「飯野川系統」。草丈は50p程度と、名取に比べるとやや長いのが特徴です。ブランド化推進のためGI登録を申請して登録されており、県内では3番目、野菜では初登録です。

  • 石巻では、10〜2月に根付きの「根セリ」、4〜5月は茎葉を刈り取る「葉セリ」を生産しています。葉セリは、全国には出回っていませんが、香りや歯触りがよく、浅漬け、炒めものなどにして食べられています。飯野川地区の豊富な湧き水を利用し、水温は年間を通して11℃程度。名取と同様、しっかりとした生育管理と、調製・出荷管理をしています。

  • 宮城県では、名取と石巻のほかにも、涌谷町や南三陸町をはじめ、セリの産地やこれから作ろうとしている産地が増えており、県全体で、セリのブランド化、栽培振興が進んでいます。
◇宮城県のセリ栽培の流れ
  • まず、種田で、本田に植えつけるための種セリ(ランナー)を増殖させます。それぞれの農家が、生育がすぐれている株を選抜し、親株としています。

  • 種セリの採取は、種田で増殖させたランナーを地際から刈り取ります。刈り取った種セリは、束ねて水をかけながら、湿潤環境下で伏し込み、発根させます。

  • 種セリの植えつけは9月下旬くらいからです。台風が多い時期なので、ランナーとランナーがしっかり組んで種セリが動かないように植えつけます。

  • 植えつけ直後は低水位(2〜5cm程度)で管理し、活着するまでは止水します。活着後、10月下旬まで、生育に合わせて水位を調節します。最大で草丈の半分くらいまで。早くから深くすると伸びすぎるため、気候と合わせた水管理が重要です。11月中旬からは気温が低下するため、水位を草丈の3分の2位まで上げます。以降は凍結しないよう、流水管理します。厳寒期には霜や寒波の影響による収量低下を防ぐため、葉先が少し出る程度まで水位を上げます。小さな田んぼをいくつも持っている農家さんが多く、田んぼごとに異なる植付け時期にあわせた水管理は大変です。

  • 収穫は、防水・防寒機能のある胴長を着て水に腰まで浸かりながら収穫します。繁忙期は朝から夕方まで水の中です。湧き水なので、何もせずに外にいるよりは水の中の方が温かいとの声も聞きます。根が切れないように、株元の15〜20cm下から手を入れて泥を落としながら収穫します。

  • 調製は、外でざっと洗った後、室内の洗い場で洗い、枯れ葉や病害葉を除きます。細かい根は指でしごいてきれいにします。調製は一番時間がかかる作業で、収穫した重さの約半分は取り除くことになります。根までおいしく食べられるのが売りなので、根1本1本まで気を配りながら調製します。

  • 調製後、1束1束箱詰めし、生産者同士で品質を再確認し、みなさまのもとへお届けしています。
◇宮城県が開発したセリ新品種「Re14-4」
  • 宮城県はセリの作付面積(29ha)と収穫量(415t)が全国一位(農林水産省「2018年地域特産野菜生産状況調査」より)。

  • 特に秋冬期の需要が高く、セリ鍋ブームもあって、全国的に需要が増加しています。ただし、高齢化による生産者不足や宅地化、労働力不足などから、作付面積は減少傾向にあります。

  • 従来と同等以上の品質で、作業性の向上や、単位面積当たりの収量増加が求められ、「品質」、「収量性」、「作業性」がすぐれる品種を開発することになりました。

  • 2014年に「島根みどり」由来の培養株から、外観形質や収量性に着目して2系統を選抜。2016年〜18年の試験で、現地慣行品種より株太りがよく、調製時の廃棄率の低い「Re14-4」を選抜しました。2020年3月に品種登録出願され、同年6月に品種登録出願が公表されました。

  • 特徴は、葉色は濃い緑色で、1株が太い。単位面積当たりの収量が多く、調製時の廃棄率が低く作業性にすぐれ、限られた労働力の中、最大効率で回せることなど。

  • 2020年度から県内生産者へ親株の配布を開始し、これまでに約1,400株を配布しました。今後、「仙台セリ」、「河北セリ」として販売されるものの中に、「Re14-4」も含まれると思います。

  • 宮城県では、セリセミナーの開催、セリ親株販売・配布など、生産振興を行っていきます。
◇宮城県のその他の野菜について
  • 宮城県ではセリ以外にも多くの野菜を栽培しています。葉物では、「ちぢみほうれんそう(寒締めほうれんそう)」。冬季の寒気にさらして糖度を高めたホウレンソウ(開張性品種)で、「ちぢみ」は葉の表面が寒気で縮れることに由来しています。宮城県では、露地栽培で昔から秋冬期の地域野菜として生産販売されていましたが、肉厚で糖度が高く食味がよいことなどから、産地化されました。

  • 「ちぢみゆきな」は、冬季の寒気にさらして、甘くたくましく育てたゆきなです。青物野菜がなくなる冬に収穫・出荷できるのもメリットで、北海道市場等へも出荷しています。

  • イチゴの生産量は東北一を誇り、宮城県全域で栽培しています。東日本大震災で沿岸部の産地は大打撃を受けましたが、亘理町・山元町では新しい「イチゴ団地」が設立され、さらなるイチゴの生産振興を図っています。

  • 「にこにこベリー」は、宮城県オリジナルのイチゴ品種です。生産者・販売者・消費者のすべてが、「にこにこ」笑顔になるように、との思いを込めて命名されました。果皮硬度にすぐれ、外観はきれいな円錐形の果形、鮮やかな赤色、果肉も赤色なのが特徴です。

  • パプリカの生産量は全国1位。石巻市、栗原市、登米市などで、環境制御技術を駆使した大規模施設で栽培されています。青くささがなく、フルーツのような甘みが特徴です。宮城県農業・園芸総合研究所試験場内の高軒高ハウスでも、環境制御技術を駆使したパプリカやトマトの栽培技術等を検討しています。
◇質疑応答より

    Q:東京の市場では、年末年始は根つきのセリも出回りますが、4〜5月は根のないセリが出てお浸しなどで食べます。根つきより安く、お客さまも2〜3把まとめて買ってくれる。東北のものは見たことがないので、東京に送れば売れるのではないかと思います。また、北足立市場では3月頃に野セリが出ます。田んぼのあぜ道に生えた天然のセリです。これも香りが強く人気があります。
    A:「葉セリ」は宮城でも作ってはいますが、東京のセリの消費の仕方を知らなかったので、参考にします。

    Q:東日本大震災によるセリ田の被害は?
    A:セリ産地は川沿いで、沿岸部ですが、大きな被害を受けたという話は聞いたことがありません。被災した地域で、新たにセリ栽培に取り組もうとされている方もいます。

    Q:新品種「Re14-4」は茎が太いということですが、かたくはないのですか?
    A:データはとっていませんが、食べてみると非常にやわらかいです。石巻の生産者の方も「太いから筋張っているのではないかと思って食べたが、そうではなくおいしかった」という評価をいただいています。

    Q:今後、「Re14-4」が流通する際、区別して出されることはないのですか?
    A:もともと産地では持っている系統群を使い分けていますので、品種が「Re14-4」に一新されるわけではなく、いろいろと使い分けていく中で、新品種も広がっていくのではないかと思います。

 

【八百屋塾2022 第10回】 挨拶講演「せり」について勉強品目「春菊」「せり」など食べくらべ