■2015年12月13日 第9回 かぶ・いちご 〜 講演「かぶ」について 原井ファミリー 代表取締役 原井良政氏
◇スタートは慣行農法
  • 私は、埼玉県新座市でかぶなどの野菜を栽培しています。

  • 18歳で高校を卒業してから農業をしており、今年で65歳になりました。農業を始めたきっかけは、家が農家で長男だったことと、親に負けない作物を作りたいという夢もありました。今日は、化学肥料を使わず、有機質だけの栽培方法に切り替えたのはなぜか、といった話をします。
原井ファミリー 代表取締役 原井良政氏
  • 高校の農業科で学んだ、化学肥料や農薬を使う一般的な栽培方法と、両親が行っていた栽培方法を参考にしながら、農業を始めました。1971(昭和46)年、私が20歳のときに親から「自分の好きなようにやってみなさい」と言われ、農地を引き継ぎました。高校の先生の薦めもあって夜間大学に通いながらでしたので、昼間、キャベツやだいこんを収穫してトラックに積み、大学に行って、帰りに世田谷の市場によって荷物を下ろしてくるのが4年間の日課でした。
◇このままでいいか
  • 結婚し、子どもができたのですが、長男が中学3年生のときに妻が将来何の仕事をしたいのか聞いたところ、「僕はお父さんと百姓がしたい」と言ったそうです。当時は、化学肥料を使って連作し、作物のできが悪くなるともっと肥料を入れて、病気になれば農薬を使って…というやり方だったので、このままの栽培方法で子どもに農業をやらせていいのだろうか、と思うようになりました。

  • 農業をしたいといった長男は、私の母校でもある高校に入学しました。私が生徒だった頃の先生方もいて、その中に、化学肥料を使わず、土に微生物を入れて発酵させ、善玉菌を増やすと、土がよくなるので収量も上がる、ということを勉強していた先生がいました。私はそれを新鮮に感じて、まずは基礎知識を勉強しようと、本を借りて読みました。それがEM菌の本でした。

  • EM菌を培養して増やし、野菜や花を栽培すると、イキイキしたものができる、というのです。微生物が作物を育てるというのは、当時は半信半疑でしたが、本を読んだら納得して、そのほかの資料も読みあさりました。あわせて、慣行農業のいい点、悪い点も調べて、自分なりに1年弱勉強しました。
◇失敗から生まれた成功
  • 1000リットルの桶に、油かす、魚粉、糠など、さまざまなものを入れ、EM菌を培養して有機質の材料に混ぜ、水分や糖蜜も加えて空気を遮断し、しばらく寝かせてから畑に入れていたのですが、最初の頃はかぶのタネを蒔いても3割しか芽が出ず、量を調整しても7割と、発芽率100%には到達しませんでした。あるとき、桶にふたをするのを忘れてしまい、気がつけば45℃になっていました。これは失敗だろう、と思いながら、畑に入れたところ100%芽が出ました。

  • 有機質が発酵する初期段階で、酢酸、乳酸などの有機酸が発生します。小かぶは芽が出ると栄養分を吸収し始めますが、酸を消化する器官がなかったのです。熱で酸が外に出てしまえば、あとは作物が吸収する養分しか残らないことがわかりました。それ以降は、湯たんぽを使って温め、いったん40℃ぐらいに温度を上げて、有機酸が出てからふたをすることにしました。これで作物がよく育つようになりましたが、そこに気がつくまでに7〜8年かかりました。
◇土を健康にする
  • 人間は、体にいいものを自分に必要なだけ食べていれば、生活習慣病にはならないはずです。かたよった食生活を続ければ、病気になるでしょう。人間の予防医学と同じで、私は土壌の状態を判断し、それに応じて発酵資材を入れるようにしています。

  • 納豆、ヨーグルト、味噌、醤油、酒、ワインなどはすべて発酵食品です。発酵食品がなければ日本人は生きられない、と私は思っています。作物も、発酵したものを与えることで元気になります。土に善玉菌、微生物が増え、生理活性物質を含む栄養分を作ってくれて、作物が好きなときに必要なだけ吸えるから1年中ピンとして元気なのです。

  • 普通は同じ作物を何回も同じ畑で作ると、形がおかしくなったり、病気が出たりします。私の行っている栽培方法で単一作物を連作すると、連作すればするほど、少しずつですが収量が上がります。ごくわずかでも、畑に善玉菌が残って増えていくと、悪玉菌は最後には善玉菌の味方をするようになります。悪玉菌も生き物ですから、何としても種の保存がしたいわけです。

  • 悪いばい菌を寄せつけないのはいいことですが、除菌などをし過ぎると防御機能がはたらかなくなります。ある程度、悪玉菌がいれば、防御機能がはたらいて、それに負けないように育つようになります。無菌状態より、畑で風雨にさらられ、逆境に耐えてきた作物のほうが、子孫を残す能力や栄養価は高いはずです。無農薬、無化学肥料だから体にいい、ということではない。栄養がなければカスと同じです。

  • 土が健康であれば、大雨が降っても、土が水分を吸収する能力が大きくなり、日照りになれば下から水分をとりいれる力が強くなる。自然に災害に対応できるような作物になるわけです。

  • 小かぶの畑は、ほぼ自分の思った通りの土壌になりました。連作しても根こぶなどの病気は出ません。ですから、新座市内のかぶの畑は子どもに任せ、私は少し離れたところの畑で、1年1作で、さといも、馬鈴薯などを栽培しています。土を元気にするために、ソルゴー、小麦などの緑肥も輪作体系に取り入れ、できるだけお金をかけないで、短期間で土をよくしようという取り組みを行っています。微生物を投入しながら、悪玉菌が活躍できない畑にしようとしているところです。
◇化学肥料と農薬について
  • 1gの土壌の中には数十億の微生物が存在し、その種類は100万種にものぼるといいます。そのほとんどが無害で、有害なものはごくわずかですが、条件によって増加することが知られています。特に、化学肥料と農薬の多用、連作、温度条件などが重なったとき、有害線虫の大量発生に連動してしまうケースがあるようです。植物が健康に生育するためには、「環境、光、温度、空気、水、養分」という6つの要素のバランスがとれていることが必要です。この変調やストレスによって代謝系が狂うと、さまざまな障害が出てきます。化学肥料と農薬の多用は、これを誘発する可能性がありますから、対処療法として必要最小限にとどめるべきです。土を、植物と微生物にとって最良のすみかにすることは、人間との共存共栄にもつながります。結果的に、作物の品質、収量が向上し、生産者の収入も増加する道、と考えています。

  • 虫がたくさんいるばあい、早くいい品物を作るために使った硝酸態窒素のせい、ということも考えられます。水にすぐ溶けるので、作物がたくさん吸収できます。それが中でアンモニア、アミノ酸などに変わって、栄養分として体内を回ります。光合成でできるブドウ糖がないとアンモニア、アミノ酸などに変われず、なりきれなかったものはアマイドという成分になって、それを虫が好むので寄ってくるわけです。こうして生存不適となった作物は虫に食べられ、無機質になって土に戻る。化学肥料はそういう流れを作ってしまいます。

  • 硝酸が亜硝酸に変化したことから起きた東京の中学校での集団下痢事件や、アメリカで亜硝酸に汚染された水を飲んだ赤ちゃんが亡くなった「ブルーベビー」症候群など、化学肥料の害は、食の視点からも大きな問題になりました。

  • 土づくりの要素は「物理性」「化学性」「生物性」といわれ、たがいに作用しあっています。土の本質は「生物性」を無視しては成り立ちません。この「生物性」を軽視してきたのが現代農業の欠陥ではないかと思います。「生物性」というのは、土壌微生物の種類、数、活性などのことです。土の中に多種多様の生物が生息する豊かな生物性をもち、それぞれが安定した状態で混在すると、土壌病害がおこりにくくなります。「生物性」の研究を続けながら健康な作物を作り、評価していただけたら、それが農家の醍醐味ではないかと思っています。
◇小かぶの栽培と出荷
  • 新座市内にあるうちの畑は全部小かぶにして、年に3〜4回連作をしています。有機質を発酵させた栽培方法は、連作をすればするほど品物がよくなり、農業が持続的に発展します。化学肥料を使うと、大雨が降ったとき、畑がかたくなって水が外に流れたり、あるいは水が溜まりすぎてかぶが腐ったりします。

  • かつては世田谷市場、松原市場、足立のマルセイ、築地に出荷していましたが、今は全量大田市場に出荷しています。有機栽培が流行り出した頃、様子をうかがいに大田市場に行きました。対応してくれた東一の人が覚えていてくれて、その後、千葉に台風が2つ来て大田市場にかぶが入らなくなったときに、「他の市場に出しているかぶをちょっと回してもらえないか」と、電話が来ました。それが縁で、一番大きい大田に一本化することにしました。

  • うちのかぶをのちほど食べてみてください。単に甘いとか辛いとかではなく、口に含んで噛んで喉越しまでの食感がどうなのか。甘さ、しぶみ、適度なかたさ、日持ちなど、全部ひっくるめての評価が大事だと思っています。
◇質疑応答より

    Q:雪が降ったとき、原井さんの畑は他の畑より早く雪が溶けると聞いたのですが、それはなぜですか?
    A:微生物が自分たちの身を守るために、土が発酵しているからです。他の畑より、地温が2〜3℃高いと思います。

    Q:農薬については、適度になら使ってもいい、というお考えですか?
    A:基本的には違います。作物の命を守るため、健康を取り戻すために、対処療法として必要最小限で使用することがあっても構わない、と思っているだけです。

    Q:かぶの旬はいつですか?
    A:これから4月いっぱいぐらいまでが旬です。11〜1月が最もいい状態で、土がよければ、農薬は全然使わないでも育ちます。

    Q:EM菌を使った栽培が、今後、日本の農家に広がっていく可能性はあるのでしょうか?
    A:それは難しいと思います。土と作物を健康に育てるほうがいいとわかっている人はかなりいるでしょうが、何十年もかけてそれを実践できる人が何人いるか…。末端からではなく、国や官僚がやるべき問題ではないでしょうか。

 

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