■2016年2月14日 第11回 葉もの・中晩柑 〜 講演「せり」について 宮城県農業園芸総合研究所 バイオテクノロジー開発部 総括研究員 山村真弓氏
◇「仙台せり」について
  • 宮城県で採れたせりは、「仙台せり」という名前で出荷されています。仙台市の隣にある名取市が主産地ですが、仙台のほうがネームバリューがあるので、この名前がつけられました。

  • 東日本大震災で名取市の沿岸部は大きな被害を受けました。せりの栽培地は10キロほど内陸にあったので、直接の被害は受けませんでしたが、一部宅地化され、今では農地と宅地が混在している状態です。
宮城県農業園芸総合研究所 
バイオテクノロジー開発部  総括研究員
山村真弓氏
  • せりは、地下水を汲んで栽培しています。地震で地下水も変わり、海に近いと塩水が上がってきてしまうので、一部は、150メートルぐらい下から汲み上げています。これくらい深いと水の温度が安定しているので、1年間同じ水温で栽培できるという利点もあるのですが、1メートル掘るのに1万円かかるといわれています。それでも、栽培者はいい水を使って栽培できるように、努力しています。

  • 収穫期間近のせり田を見るとわかりますが、競り合うように出てくるので「せり」と呼ばれます。
◇せりの来歴
  • せりは、セリ科セリ属の植物です。世界にはセリ属の植物が30種類ぐらいありますが、日本で栽培されているセリ属の植物はせりだけです。

  • 湿地や流水地に自生する多年草です。北はロシア沿岸から南はオセアニアにいたるまで、日本では全国のあちこちに自生しており、それらをすべてせりと呼んでいます。環境に適応しやすい植物ということは、変異しやすいともいえます。栽培者からすると品質を統一していくのが大変という面もあります。

  • せりは、春の七草の筆頭にあげられる野菜です。昔は、冬場、青い野菜が採れなかったので、野せりの葉を摘んで、葉柄を食べていました。体内でビタミンAになるカロテンを多く含んでいるので、風邪の予防にもなり、昔から野菜として使われてきました。万葉集にもせりの歌が載っています。栽培の歴史は古く、18世紀に島根県松江市や宮城県名取市で栽培されていた、という記録が残されています。畑でも栽培できますが、現在は、より品質を高めるために、水田で作られています。
◇せりの生育
  • せりは、秋から冬に節間が短くなって、ロゼットという地面を這うような姿になり、冬を越します。春から夏にかけて、茎の地際から多くのランナーを出して、栄養繁殖のもとになる枝を伸ばしていきます。株の真ん中には花芽をつけた花茎が上がってきて、頂点に白い花をつけます。

  • 5月中旬あたりから抽台してくるので、5月以降はなかなかいいものが作れず、市場出荷も減ります。

  • 温度や日長の影響を受け、短日条件(夜が長い時期)はロゼット葉が発生し、長日条件(昼が長い時期)では抽台が起きます。

  • 宮城県名取市でランナーの発生が盛んになるのは5月下旬頃、節間が急速に進んで抽台するのは5月中旬頃、花芽が見られるのは7月中〜下旬頃です。
◇せりの生産量と作付面積
  • 2年に1度行われる農水省の地域特産野菜生産状況調査によると、2004年(平成16年)の全国のせりの生産量は、3,658トン。そのうちの2,290トン、半分以上が茨城県産で、宮城県産は613トンでした。その他、秋田県や大分県などでも栽培されています。2012年(平成24年)は1,326トンの収穫量で、2004年(平成16年)の1/3ぐらいになっています。

  • 茨城県産のせりは、2008年(平成20年)に急激に減少しました。きれいな水が1年中供給されないと作れない作物なので、何か特別なことがあったのではないか、と思われます。

  • 宮城県は震災の影響で若干減少しましたが、2010年(平成22年)498トン、2012年(平成24年)420トンと、がんばって作っています。

  • 作付面積は、2004年(平成16年)に175ヘクタールくらいだったのが、収穫量と同じように2008年(平成20年)に大幅に減少しており、2012年(平成24年)は96ヘクタールです。ただ、栽培技術の工夫などにより、面積は減っても収穫量を上げているところもあります。

  • 2012年(平成24年)のせりの出荷量ランキングは、宮城県が419トンで1位。茨城県367トン、大分県157トンで、この3県で75%以上を占めています。4位は「三関せり」が有名な秋田県です。どの産地も商標登録をして、特産品として守っていこう、という流れがあります。

  • 大分県、広島県、高知県などでは、水耕栽培も行われています。加温すると1ヶ月で収穫可能だと聞いています。

  • 2013年(平成25年)の仙台市中央卸売市場の取扱量をみると、12月が最も多く、単価も高くなっています。夏場も天ぷら、サラダなどで使いたいという要望はあるのですが、ほとんど出回らず、こうした傾向は10年前からあまり変わっていません。
◇せりの栽培状況など
  • せりは、下にあるランナーや、分けつ枝という脇枝を外し、真ん中の葉を2〜3枚だけつけて出荷します。ランナーは種せりとして使われます。

  • 4月中旬から6月上旬にかけて、せり田に種せりの植えつけをします。最初に、せりは変わりやすいといいましたが、違うものが混ざったり、種がこぼれて自然に発芽して違う系統が出たりしないように、部会の中で親株を作る人を専任し、優良系統の親を預けています。花が咲かないようにして育て、それを生産者に分けて増やし、種せりにして、田植えをするわけです。

  • 7〜9月頃になると、種せりが育って70〜80センチぐらいに伸び、下にランナーがたくさん生えている状態になります。植えつける1週間〜10日前に上の部分を刈り、山のように積んで、むしろのようなシートをかぶせ、水をかけて蒸らします。新しい根や芽が出るように、葉の部分は腐らせて茎だけの状態にして、種せりのもととして使います。暑い時期は、植えつけてから30日で収穫できるので、計画的に、次々と種せりを刈りとる作業を繰り返していきます。

  • 種まきには、ランナーを細かく切ってバラバラと蒔く方法と、真っ直ぐにランナーを伸ばして植える方法の2種類あります。ばら蒔きのほうが多いのですが、ランナーが重なると浮き根になってしまい、根に陽が当たって緑色になったり、褐変したりすることがあります。重ならないようにうまく蒔くのがベストだといわれています。このとき、水は2〜3センチぐらいの深さにして地温を高めます。4〜5日で芽が上がってきたら徐々に水を張り、10センチくらいに伸びたら水を5センチくらいにして、もう少しで収穫という頃に浸水管理をします。

  • 品質が重要視されるようになり、青々としたせりが求められます。寒いときに葉が霜で焼けたりして黄色くなることがあり、昔は霜にあてないようシートをかけたりしていたのですが、かなり手がかかります。そこで、外にハウスを建てて、その中で栽培するようになりました。露地の田んぼに屋根をかけるので、宮城県では施設としてカウントはしていません。12月から2月に出荷されるせりは、ハウスものと露地ものに分けて出しています。ハウスものは色が鮮やかで、好評をいただいています。

  • せりの収穫は、ウェットスーツを着て、水の中で作業します。水温が14〜15度あるので、吹雪の中でも、温度はあまり気にならない、と生産者の方が言っていました。それより、泥の中に手を入れて、根をかき分けるようにして収穫するので、握力がなくなり、それがたいへんだそうです。水の中である程度泥を落としてから運び、家でも地下水を使ってきれいに洗います。ランナーや古い葉を外して調整し、太いせりは10〜12本、細いと20本くらいをクイックタイなどで束ねて100グラムにして出荷します。今は、1束ごと、クイックタイの部分に生産者番号が入っています。正月に需要があるので、せり農家さんは、12月31日も元旦もせり作りをしています。

  • 「仙台せり」の産地では、すべての箱を開けて厳しい自主検査を行っています。A品かB品か、サイズも、箱の長さちょうどがLサイズ、短いとMサイズ、葉が折れ曲がると2 Lサイズというように、そこで決められます。いいものをみなさんにお届けできるように、品質保持に努めています。

  • 田んぼは放置しておくと劣化するので、生産者ごとに工夫して作型を考えています。一番早くて8月下旬くらいから収穫し、そこから少しずつずらして出荷できるようにしています。8〜9月は夏秋せり、10月下旬〜2月は冬せり、3〜5月は春せりで、寒さに当たってじっくり育った2月のせりが一番おいしい、と生産者の方も言っています。また、ハウスより露地もののほうがせりらしい味があるので、露地ものを食べていただきたい、とのことです。5〜7月はほとんど出荷がありませんが、種せりを作る際に残ったせりを栽培せりとして使って出荷したり、冷たい水を回して作ろうと工夫している人もいます。
◇野生のせりと栽培せりの違い
  • 織田先生というせりの大家が、全国の26系統の栽培せりや、地方から80系統の野生せりを集めてまとめた資料があります。それによると、野生のせりの草型は中間型〜ほふく型(上に伸びない形)、栽培せりは直立型〜中間型。草丈は、野生のせりは短く、茎は濃緑〜赤紫色、栽培せりは長くて茎が緑色。葉の形は、野生のせりは細身で剣葉、栽培せりは丸みを帯びた形をしています。

  • 観賞用のせりで、ピンク、白などの「五色葉せり」というものもあります。
◇せりの栄養成分
  • せりには体内でビタミンAになるβ-カロテンが豊富で、ビタミンCも含まれており、抗酸化作用のある成分が多いといわれています。ほかにも、カリウム、鉄分などが含まれ、栄養価が高い野菜です。とはいえ、水と食物繊維で95%を占めるので、低カロリーな食材です。

  • 今、食品の機能性表示が話題になっています。生鮮野菜は、静岡県三ヶ日の温州みかん、岐阜県中津川の大豆もやしの2つしかないので、各産地で何かないかと探しているところです。せりは抗酸化作用が強く、特に寒いところで栽培すると数値が上がるといわれており、orac値を調べるなど、取り組みを進めているところです。
◇せりを使った料理
  • 産地のJA名取岩沼のホームページに、せり根の天ぷら、きんぴら、せりごはんなど、せりを使った料理のレシピがいろいろと載っています。

  • 先日行われた全国の鍋グランプリでは、名取のせり鍋が6位に入賞しました。根も食べるので、生産者は以前にも増して、根をきれいに洗うようになったそうです。

  • せりは季節によって味が違うので、それを味わうには、生で食べるのが一番です。八百屋さんがお客さまにそうした話をしていただけるとありがたいです。
◇各地の伝統せり
  • 秋田県の「三関せり」は、昔からきりたんぽ鍋に使われています。農協が商標登録して生産しており、根が太くて長いのが特徴です。寒い時期にじっくり育て、浸水にせず、根をしっかり張らせる栽培を心がけています。

  • 山形県の「堀込せり」は、70年ぐらい前から栽培されています。

  • 青森県の「一町田せり」は、岩木市が主体となって栽培しています。わき水を使って、約300年前から栽培されています。今、系統は「島根みどり」になっています。

  • もともと、せりの有力系統は、島根の「黒田せり」でした。これも現在は「島根みどり」になっています。

  • 京都府の「京せり」は、ほかのせりとは形態がやや違い、葉が細かく、茎が細いタイプです。京都市内で栽培されています。

  • 茨城県のせりは、行方市が主体です。歴史は新しく、昭和になってから栽培が始まりました。

  • 宮城県の「仙台せり」は、約400年前から栽培されています。最初は「名取1号」という品種で、寒くなると色が赤くなることがあり、現在は、葉が大きくてぶどまりのよい緑茎系の「名取5号」、やわらかくて細い茎で味の濃い「名取6号」が主力品種になっています。

  • 私どもはせりの育種もしています。せりで唯一品種登録されているのが、宮城県が育種した「みやぎVWD1号」です。「島根みどり」を栽培すると、葉枯れ症といって、葉の脇から葉柄が腐る病気が出ることがあります。使える農薬が少ないので、葉枯れ抵抗性のある品種として、試験管の中で培養して作られたものです。河北、石巻などで作ると、太くて葉が大きく、「名取5号」に引けを取らないいい系統なのですが、名取ではなぜか株が太らず、導入が進んでいません。

  • 宮城県には、「飯野川系」という在来種のせりもありますが、やわらかくて折れやすく、輸送には向きません。春せりとして、3〜5月頃、根をつけずに上だけ刈りとって、県内で出回っています。
◇その他、宮城の春野菜について
  • 宮城県では、ローマで冬野菜の王様といわれる「プンタレッラ」の栽培を始めて10年くらいが経ちます。きっかけは、ローマと友好姉妹都市で、サッカーの日韓ワールドカップでイタリアのチームを受け入れるときに、野菜の交流もしようではないかということで、ローマでしか作られていない「プンタレッラ」を作ることになりました。イタリアから優良系統の種子を2種類ゆずっていただき、早生種、晩生種を栽培しています。主力は晩生種です。大きな葉がたくさんできるのですが、それは苦すぎて食べられず、中にできる花茎だけを食べます。中は中空で、アスパラガスチコリとも呼ばれています。農協の部会の中で生産しており、東京シティ青果さんにも出荷しています。根元がついていると日持ちするので株で出荷していますが、食べるときはバラバラにして、5センチくらいに細長くカットします。早生種は果肉が薄いので、カットして水につけると丸くカールします。晩生種は厚みがあるのでクルッと丸まったりはしません。種を更新したかったのですが、ローマの生産者がすでにやめていたため、試験場で種採りをしています。自家不和合成で種採りも容易ではありませんが、産地を維持しようと努めています。現在、20軒くらいの生産者が11〜3月まで出荷しています。

  • いちごの「もういっこ」は、宮城県のオリジナル品種です。果肉がかたく、酸味と糖度のバランスがちょうどいいいちごで、最後まで大果です。震災でいちご農家がほとんとダメになり、ようやく7割ほど戻りました。その約6割が「もういっこ」を栽培しています。

  • 「ちぢみほうれん草」も糖度が高く好評です。寒締めではなく、もともとちぢんでいるタイプです。

  • 「みょうがたけ」はせり農家が栽培していることが多く、秋のうちに伏せとこに株を入れておいて、伸びてきたら一部に光を当てて、赤くします。こうした宮城県の野菜も、ぜひよろしくお願いします。
◇質疑応答より

    Q:せりはランナーで増やすというお話でした。花が咲くと当然種ができるわけで、その種を蒔くのではないのですか?
    A:種を蒔くと親と同じものが出てくるとは限りません。生きていく上で強いものが出てきます。そこで、ランナーを使います。水耕では、種を発芽させているケースもあります。ただ、発芽率が4割しかなく、低温に何ヶ月もあてないと発芽しないといわれています。

    Q:せりとみつばの違いは?
    A:どちらもセリ科ですが、属が違います。同様に、にんじん、セロリ、パクチーなどもセリ科ですが、属が違う。また、水の中で育つのはせりだけです。ほかの野菜は畑で作ります。しかも、せり田は根がよく張るように泥が緻密です。生産者の方は土作りにとても気を遣っています。

    Q:自生しているせりのような香りの強いものは栽培種にはないのでしょうか?
    A:消費者が受け入れやすいように、香りも食感もやわらかいものを選抜してきたという経緯があります。野せりは香りが強く、せりらしい味がすると好む人もいますが、個性が強すぎると他の食材との相性も難しくなります。主力は鍋物なので、香りが強すぎると嫌がられることがあります。

 

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