■2013年4月21日 第1回 開講式 〜 講演「八百屋はなぜ勉強が必要か」 杉本晃章氏

 八百屋塾は今から13年前にスタートしました。当時、キッチン付きの会場はほとんどなく、八百屋塾の創始者である江澤正平先生が、卸売会社に「キッチン付きの会場を作れ」と、口を酸っぱくして言っていましたが、結局実現せず、それをとても残念がっていました。

 私は、その遺志を継いで、平成22年、北足立市場にキッチン付きの会場を作りました。北足立支所はフロアが広く、縮小することになって、半分、東京都に返しました。スペースがだいぶ空いたわけです。われわれは10年ほど前から食育教室をしており、キッチン付きの施設をそこに作りたいと、東京都や本庁にかけあいました。普段から北足立の活動は理解してもらっていたので、予算が付き、非常に立派な会場ができました。機会があれば来てみてください。

元実行委員長/杉本青果店店主 杉本晃章氏

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 八百屋塾は、八百屋の後継者である若い人たちに本来の野菜の姿を知ってもらおう、ということで始まりました。昔の野菜と今の野菜は、変わってきています。絶えず勉強していなければ、世の中についていけません。八百屋は、野菜を扱っている以上、プロでなければならない。常に勉強して、新しい品種が出たら、自分の舌で確かめなければいけません。それが、八百屋塾の基本精神です。

 江澤正平先生は、「八百屋のいちばんいいところは、相対でものを売ることだ」と言っていました。自分が勉強したこと、味わったことを口頭で伝えられる。それは、八百屋でなければできないと、私も思っています。うちの店は北千住にあります。周囲の仲間の店は、スーパーのようなセルフ形式にしたところばかりです。でも、私は、あくまでも対面販売のスタイルにこだわりたい。それが八百屋の魅力ですから。八百屋は朝は早いし、夜は遅い。品物は重く、1日中店に立っていなければならない。効率が悪い商売です。でも、その効率が悪いところに八百屋のよさがあるわけです。

 江澤正平先生は、東一を取締役でやめて、西武流通の青果担当の社長になりました。70歳を過ぎて西武流通を辞め、大量生産、大量販売に疑問を感じ、野菜の勉強を始めました。全国の産地やタネ屋を回って品種の勉強から始め、私もずいぶん一緒に地方に行きました。今、こうしてみなさんの前で話ができるようになったのも、江澤正平先生のおかげです。「長岡で組合の人を集めておくから、東京の八百屋の現状を話しなさい」と言われ、それが講演をするようになった始まりです。前はスライドなども使いましたが、今はあまりやりません。やはり、人は、顔を見て話をしないとダメです。見ていると、興味のある人は分かります。居眠りしそうな人もわかります。興味のある人に向かって話をすればいい。そういう話し方のコツも学びました。

 江澤正平先生には、「八百屋は地域の健康を守る商売だ。世の中にはいろいろな商売があるけれど、野菜、果物を売るのは非常にいい商売だから、誇りを持て」とも言われました。野菜を食べてからだを壊す人はいません。からだにいいものだから、いくら食べても大丈夫です。そういうことを毎日言い続ければ、売れるんです。

 野菜がからだにいい、というのは、メディアがいくらでも宣伝してくれています。ところが、野菜1日350g食べていないんです。平均で260gほどだといいます。それはなぜかというと、女性が社会進出して調理する時間がなくなったからだと私は思っています。日中働いて、夜、料理をするのは確かに大変です。それで、手間のかかる野菜から先に売れなくなった。今日はたけのこがテーマですが、たけのこは手間のかかる野菜の代表格です。また、おいしい惣菜屋さんも増えて、便利になりました。高齢者の夫婦2人暮らしとか、単身者は、野菜がからだにいいことを知っていても、時間がない、面倒、一通り買うと高いなどの理由で買わない。惣菜なら500円で2〜3品買ってこられます。それで、野菜の消費が伸びていかない。私はそう分析しています。ただ、そういう人でも、休みの日には調理をしよう、という気持ちはあるんです。子どもを連れて夫婦で八百屋に来て、いろいろ聞いてくれるお客さんがいます。そのときに、うまくそのお客さんを掴まえなければいけません。でも、効能だけ言ってもダメです。それに見合った商品が店においていなければ、伝わりません。

 今日、津南の宮崎さんが作った雪下にんじんが来ていますが、すごくいいにんじんです。普段食べているにんじんとはまったく違います。食べればわかります。今のにんじんは、にんじん臭くなくて、やわらかい。にんじんが苦手な子どもが多いので香りを薄くして、早く煮えるようにやわらかくしてしまったんです。 雪下にんじんは昔ながらのにんじんで、かたいのですが、加熱すると、とろけるような食感でおいしい。こういうにんじんがあるということ自体、知らない人が多い。生とゆでただけで食べてみてください。ゆでるだけで、すごく甘いです。

 宮崎さんは、13年ほど前に、千葉県の柏から、新潟県の津南町に入植しました。農業はまったくの素人で、最初の5年は営農指導を受けながら、助成金だけで生活し、食べ物は回りの農家から分けてもらっていたそうです。7年ぐらい経って、いくらか順調になりました。今から5年ほど前、「何とかこのにんじんを広めたい」といって、軽トラックに30ケースのにんじんを積んでうちの店に来ました。煮たりゆでたりスライスして、1日試食販売をして、ほとんど売りました。品種は、「はまべに」や「ひとみ五寸」で、無農薬で作っています。ずっと同じ畑で作っていると、その畑に順化してきて、他の畑で作ったものとは少し違うにんじんになっているそうです。品種登録したいと言っていましたが、私は、おいしさだけで売っていけばいいのでは、と言っておきました。

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 今後、八百屋がやっていくには、人と同じことをしていてもダメです。今は昔と違い、情報が早いので、すぐ真似されてしまいます。きめ細かいサービスとは何か。例えば、たけのこは、下ゆでをして、それを煮なければいけません。昔の人は午前中にたけのこを買いに来ました。早くゆでないと、アクが抜けず、夕ごはんのおかずに使えないからです。今の人は、その時間に会社で働いているわけですから、生のたけのこを買うのは、年配の方々だけです。

 今、うちの店でも、生のたけのこはあまり売れません。5〜10ケース買うと、前は半分ほど生で売れましたが、今は2〜3本です。あとは、朝から、大きな機械でどんどんゆでます。1回に20キロぐらい、3回ゆでる。それを樽に移し、午後、ひと皮ふた皮むいてきれいにして、夕方までに出す。

 たけのこは鮮度が大事な野菜で、古くなると、いくら加工してもダメです。生きているうちに下処理をしないと、いくらいいたけのこでもおいしくなくなってしまいます。昔、ビニールがなかった頃は、カゴに入って来て、市場の売り場がびしょ濡れになったものです。時間が経つと、どんどん水分が抜けて、えぐくなる。たけのこ本来のえぐみではなくて、もっとひどくなる。3〜4日も売っているたけのこを食べさせるからダメなんです。

 たけのこは、桜前線と連動しています。普通は南九州から順に北上し、たけのこも同じ動きをします。でも、ここ10年ほど、東京より静岡のほうがあとだったり、桜の咲き方がおかしいんですね。今年は2月まで寒く、3月になったら急にゆるみ、下旬にまた寒くなりました。私は趣味で金魚を飼っています。金魚は3月になると産卵を始めるのですが、温度に敏感で、金魚の産卵も乱れているのを感じます。気候が今まで通りに動いていない。動植物はそれをよく感じています。たけのこも、南九州から順番には出てきません。たけのこは頭が黄色くなければいけません。日に当たると緑色になってしまいます。土から出たのと、中にあるのとでは、全くやわらかさが違います。地面が竹の枯れ葉でフワフワの状態にしておかないとダメ。春に地下足袋でそこを歩くと、たけのこがどこにあるのかわかる。それぐらい管理した竹林でないと、いいたけのこは出ません。

 たけのこは、香りとえぐみが命です。えぐみとは何かというと、アクです。それが持ち味です。ゆでたたけのこも長い間水にさらすと、香りとえぐみが飛んでしまうので、1〜2日のうちに食べきるようにしないといけません。一番いいのは、朝掘りのたけのこを午前中にゆで、夕方に煮て、夜食べる。昔、世田谷あたりでたけのこが採れたときは、朝掘りたけのこといって、神田市場にたくさん出てきました。昔の人は、地場の本当に新鮮なものを食べていました。また、採れないときはものがないので、旬のときだけ食べていました。小松菜は2〜3月の彼岸まで、ネギは12〜2月で終わり。夏にネギなんてなかったんです。

 昔の人は、きゅうりを箱でとか、すごくたくさん買ってくれました。旬の安くておいしいきゅうりを古漬けにして、長く楽しむ。そういうノウハウを持っていたんですね。われわれは、お客さんに漬け物の作り方などを教えてあげないといけません。教えると、それをまた別の人に伝えてくれます。女性は特に伝わるのが早い。満足してくれると「うちの八百屋」といわれ、まずいと「あの八百屋」になってしまう。だから、「あの八百屋」といわれないようにがんばらないといけません。秘伝の味だとかいって隠さずに、公開したほうがいい。温度の管理や塩の加減など、2〜3年では、なかなか同じ味にはなりませんから、大丈夫です。

 私はお客さんから、「白菜の漬け物は、何gの白菜に、何gの塩をふればいいの?」と聞かれたことがあります。いつも手の感覚を頼りに塩をふっているので、困りました。そこで、一回、測ってみたところ、下処理済みの白菜の重量に対して4〜5%の塩分でした。今のお客さんは、「たけのこは何分ゆでればいい?」とか、いろいろなことを聞いてきますから、答えられるようにしておかなければいけません。皮ごとのたけのこは、大きさにもよりますが、沸騰してから30〜50分です。ゆでる前に、必ず穂先に包丁で切り込みを入れる。そういうことをお客さんに伝えてください。前は、生のたけのこには糠を付けて売って、非常に喜ばれました。今は残念ながら、ゆでる人がいないので、糠がほしいという人もいなくなってしまいました。

 こうしたさまざまなノウハウをお客さんに伝えるには、八百屋塾でしっかり勉強しないといけません。わからないことがあったら、野菜のことは私に、果物のことは橋本さんに聞いてください。われわれは、研究所や試験場の先生に聞いた科学的な話をベースに勉強していますから、信頼していただいて大丈夫です。よく、タネ屋さんに見学にも行っています。F1はどういう過程でできたものか、野菜のルーツを知ることは大事です。

 江澤正平先生も言っていましたが、味は品種で左右されます。たとえば、男爵いもは、風土が違うところで作ってもホクホクです。ところが、ねっとり系のいもをどんなにじょうずに作ってもホクホクにはなりません。そういう品種特性をよく覚えなければいけません。じゃがいも、さつまいも、かぼちゃなどは、品種特性がよく現れますから、品種特性をきちんと頭に入れておけば、たいがいの質問には答えられます。かぼちゃは品種を聞いただけで、ホコホコなのかねっとりなのかわかるようになります。特に、女性はかぼちゃが好きですから、いいものを売ると、お客さんがつきます。

 量販店は、バイヤーの都合があり、ロットの大きさで買ってしまうので、同じものを継続して売るということをしません。八百屋の場合、お客さんのことを考えて、ひとつの品種を追いかけることができる。同じ産地でも、たった100円の差で、ずいぶん違うものがあります。勉強していると、かぼちゃを見ただけで、おいしいかまずいかがわかります。ただ、いいかぼちゃも、老化すると味が落ち、傷みも早くなるので、気をつけてください。5〜6月頃には、八百屋塾でかぼちゃをテーマにすると思います。かぼちゃは八百屋の腕の見せ所ですから、またしっかり勉強してください。

 トマトも、八百屋の腕の見せ所です。それほど難しくはなく、安いのはたいてい水っぽいので、高いトマトを買えばいい。今の時期のトマトは、総じておいしくありません。なぜかというと、今、トマトは樹を伸ばす時期で、しっかりかん水します。その間につく1番果、2番果なので、水っぽく、皮がやわらかい。小さいものがありません。八百屋塾でも、前は4月にトマトをテーマにしていたのですが、どれを食べてもおいしくないので、やめることにしました。3〜5段になったトマトが出てくる5〜6月に勉強するほうがいい。

 あるメディアから、「トマトの旬は、量が一番多く出回る4月なのか」と聞かれたことがあります。出盛りが旬だと考えるならそれでもいいですが、私は違うと思います。トマトは、無加温で自然に育てたとき、最盛期が6〜8月です。それがトマトの本当の旬だと思います。静岡の冬のハウストマトは、非常に人気がありますが春系になると、とたんに人気がなくなります。作型が変わると味も変わる。作型が変わったのに同じように売っていたら、必ずお客さんに言われます。作型が変わったら違う産地に移るといった工夫をしなければなりません。

 みなさん、1年間、がんばって勉強してください。ご静聴ありがとうございました。

 
 

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