■2010年7月25日 第4回 〜 講演「なす」について 神奈川県農業技術センター 部長 北宜裕氏
◇なすの来歴
  • なすは、インド東部からミャンマー北部辺りが原産地で、日本には、中国経由で5世紀〜6世紀頃にきました。

  • 中東に向かったのは同じく5世紀〜6世紀頃ですが、ヨーロッパやアメリカは、寒いのでなすが作れないということもあり、実際に栽培されるようになったのは13世紀以降です。
神奈川県農業技術センター 部長 北宜裕氏
  • なすの原産地であるインドは、仏教の発祥地。日本には、仏教ときゅうりとなすが一緒に入ってきました。ですから、お盆のお供えものも、なすで象を作り、きゅうりで馬を作ります。トマトは使われません。

  • なすは、 非常に伝統があり、1500年間も日本で作られ続けている野菜です。よって、地方分化も大変進んでいます。

  • 日本では、約7割のなすが「千両2号」を中心とする「中長なす」です。ところが、原産地に近いインドやインドネシアなど、東南アジアに行くと、ヘタが緑で、色やかたちも違うなすが主流になります。この辺りのなすは、トマトのように房でなります。

  • ヨーロッパに行くと、ヘタが緑で、皮は紫色のいわゆる「米なす」が主流。日本のなすと大きく違う点は、まず、米なすには「しろめ」(ヘタに近い白い部分)が残りません。また、日本やインドネシアのなすなどは、紫外線に当たると紫が発色します。ところが、「米なす」は、そうしたことに関係なく、紫になります。育種屋は、色上がりのいいなすを作ろうと思ったら、このようななすを交配します。ただし、肉質が日本料理に合わないので、なかなか難しい部分もあります。

◇なすの生産量と単価
  • 2008年のデータによると、なすは、世界で3,270万トンとれています。そのうちの56%、1,830万トンが中国で生産されています。中国がダントツの1位。2位は原産地のインドで25%、845万トン。3位はエジプトの124万トン。あとは、トルコ、インドネシア、イラク、日本、イタリア。日本は、37万トンです。

  • 日本のなすの生産量は、2005年には40万トン、2000年には45万トン。毎年、生産量が減っています。

  • 1年間トータルで見ると、高知、熊本、福岡という西日本の暖かい県が主産地になっています。これからの時期、夏秋は、群馬、茨城、栃木あたりが主産地になります。

  • 平均単価は、「千両2号」で309円。たくさんとれる時期は、200円を割り込みます。「長なす」はそれよりも少し安く、キロ296円。これは、去年のデータです。

  • なすの生産量のおよそ8割が、用途が非常に広い「千両2号」タイプになっています。
◇日本におけるなすの地方品種
  • なすは、1500年も前に日本にきていますから、1年に1回ずつとして、1500回も世代更新をしています。その途中でやや長いものとか、丸いもの、水っぽいものなど…。その土地の文化、食べ方、生活習慣に合うかたちに品種が分化してきました。

  • 九州など西日本では、なすといえば長いもの。ひとつが160gとか200gとか、場合によっては300gという大きさにして、焼いたり煮たりして食べます。

  • 京都は、「賀茂なす」で知られるように、丸なすが有名。天ぷらや田楽にすると、とても使いやすくておいしい、肉質が緻密ななすが主流になってきます。丸なすの場合、500gぐらいになることがあります。

  • 東海から関東にかけて、昔は、「橘田(きった)」、「真黒(しんくろ)」といった系統が主流でした。一代交雑品種ができた昭和の始めまでは、固定種といって、自家どりの種で毎年同じものをとってきましたが、例えば、「橘田」と丸いなすを掛け合わせる研究をして、最終的にできあがったのが、「橘田」に「真黒」をかけた「橘真(きっしん)」です。昭和30年代までは、「橘真」が主流でした。昭和39年に「千両2号」という素晴らしい品種が出て以来、今までかれこれ40年近く、「千両2号」の天下が続いています。

  • 東北に行くと、小さな「民田なす」とか「仙台長」とか、20〜30gでとる小さいなすが主流です。東北で小さいなすが多いのは、温度が足りないから早く収穫しなければいけない、という背景もあります。

  • 「へた紫」というなすは金沢の品種。肉質が緻密で、かなりずんぐりしています。色上がりがいいので、品種の育成親としてよく使われます。

  • 「橘田」は、愛知の伝統品種です。小さいものから大きくなったものまで、どんな段階でも使える。たくさんとれるので、作る側にとって、大変いい品種です。

  • 「庄屋大長」は、30cmぐらいになって、非常に柔らかい。焼きなす用です。漬物にしてもあまりおいしくないし、田楽にはなりません。焼きなすにすると抜群の特性を発揮します。

  • 「中島巾着なす」は、「魚沼巾着なす」とも呼びますが、巾着型のなすで、煮なすにすると最高です。

  • 日本全国にはいろいろななすがあります。水なすもそうですが、ものによっては、全然性格が違うので、「千両2号」とは全く比較になりません。違った視点で見なければならないと思います。

  • 地方による品種分化と、地方地方の食文化は密接にリンクしています。変わったなすを見かけたときは、「このなすは、どのようにしたらおいしく食べられるのかな」ということに思いを寄せながら、なすを食べていただければ、と思います。
◇なすの成分と食べ方
  • なす、きゅうり、トマトといった夏の野菜を成分からみてみると、なすときゅうりは、そもそも95%近くが水です。それでも、カリウム、ビタミンB1、B2、ナイアシンというビタミンの仲間など、いくつか多めに含まれている成分があります。それ以外はほとんど微量に近い量です。きゅうりもほとんど同じような成分です。トマトも、その成分だけに注目してみると、あまり変わりません。もちろんトマトは、ほかにリコピン、グルタミン酸、ビタミンCといった豊富な栄養素を含みますが、その他の成分についてはほぼ同じです。

  • なすときゅうりは1500年も前から、なぜ、日本で作り続けられ、食べられてきたのか。なすときゅうりは、普通、ぬか漬けで食べてきました。ぬか漬けにすると、ぬかの成分がなすに移って、カリウムが430と2倍になります。ビタミンB1も0.1と、2倍以上になります。ビタミンB2は変わりませんが、ナイアシンも2倍になる。きゅうりもほぼ同じような傾向です。ぬかは、米を精米したときの副産物です。これを、われわれの祖先が無駄なく使って、漬物にした。夏の暑い時期に食べれば元気になる、ということで作り上げた素晴らしい食品だと思います。

  • なすはぬか漬け以外にも、さまざまな調理法があります。浅漬け、天ぷら、田楽、みそ炒め、焼きなす、中華料理なら麻婆なす、イタリア料理ならトマトソース煮…。油との相性がよく、田楽にすれば味わいも増します。さまざまな食べ方ができる、というのがなすの特徴です。
◇「サラダ紫」について
  • 私どもは神奈川県で7年ほど前からなすの品種改良に取り組み、一昨年、「サラダ紫」という新しいなすをリリース、品種登録しました。

  • なすは調理して食べますが、野菜は「サラダで食べる」という傾向が強まっています。なすは普通サラダでは食べないので、われわれは、「なすをサラダで食べられたらいいのでは?」と考えました。

  • 素材として、そのまま生で食べておいしい品種を作ろうと、横浜に本社があるサカタのタネと共同で、一代交雑品種を作りました。例えば、中長なすに丸なすをかける、大きいなすをかける、もっと長いなすをかける。その中で、いちばん紫色が濃くて、ジューシーで、サラダに使える品種を選抜しました。

  • 親の選定には苦労しました。100通りくらい組み合わせて、最終的に選んだのは、ネパールのなすに、大阪の水なすを掛け合わせる、という組み合わせでした。ネパールのいいところをぬき出して、あとは日本的にしたものです。

  • 新品種を育成するときは、いろいろな方の意見を聞きます。農家さんに実際に作ってもらったり、みなさんに集まっていただいて、品種検討会を開いたり、試験販売をしたり、食べ方、メニューの提案をしたり…。最終的にこれでいける、となったのは、かたちが特徴的なものです。「千両2号」と同じかたちにすると、見分けがつきません。食べてみないと分からないのでは、買ってもらえないので、目で見て違うものにしよう、ということで、かたちが特徴的ななすを選んで、「サラダ紫」として品種登録をしました。

  • 「サラダ紫」の特性は、生産性がいいこと。日本のなすというのは、大概、1ヵ所に1つか多くて2つの花が咲き、1個しかならない。「親の小言となすの花は千に一つの無駄もなし」などといいますが、じつは半分無駄になります。「サラダ紫」は、たくさん実がなるネパールのなすの血を引いていますので、放っておいても、結構数がなる。

  • なすの鮮度の見分け方には、とげがとがっているとか、色が濃いとか、いろいろあるのですが、専門的にいうと、「しろめ」の部分が大きいことがいちばんのポイントになります。なすは、夜伸びて大きくなり、昼、太陽の光を浴びて紫になる。ですから、よく伸びて肉質が柔らかくいいなすというのは、夜に伸びるヘタ近くの白い部分が大きいんです。「サラダ紫」は、「しろめ」が大きくて、特に夏、暑ければ暑いほどよくできます。非常に耐暑性がある品種で、色ぼけもしません。地球温暖化が進んでいる時代に、非常にいい品種ではないか、と思っています。

  • 「サラダ紫」が着果したあと、5日目、10日目、15日目、20日目…ととって、おいしく食べられる時期を調べたところ、だいたい12〜15日ぐらいでとると、特性がよく発揮できる、ということが分かりました。120〜150gぐらいの大きさです。

  • 目で見て、同じぐらいの大きさのときにとると、「サラダ紫」は120g。タキイさんの水なす、「紫水(しすい)」は125g。「千両2号」は90gぐらいです。これは、中の水の量が違うためです。

  • 糖の量を調べると、Brixで、「サラダ紫」は3.15。「紫水」は2.88、「千両2号」は2.82。これだけで、すごく甘みが違ってきます。

  • 果肉のかたさは、「サラダ紫」が18.3で、ほかは20や26。特殊な計測器で果肉を押していくと、プツッと入ります。その入るときに必要な力を測ったものです。数値が大きいほど、大きな力が必要、ということ。

  • 比重を比較すると、「サラダ紫」は0.9。「千両2号」はベストコンディションでも0.7です。比重というのは、例えば、ペットボトルにフルに水が入っていれば1.0、9割入っていれば0.9…ということ。0.9と0.7では、持った感じで、全然重さが違います。、「サラダ紫」は180〜200gとかなり大きくしても、0.9のまま水を含んでいます。ベストコンディションで食べられる時期が長いのも特徴です。

  • 作る側は、たくさんとれないといけません。1株あたりの収穫量を比べると、「紫水」は19 kg、「千両2号」は15 kg、「サラダ紫」は17kg。水を多く含むもののほうがたくさんとれる。農家さんには、「たくさんとれるならいいね」と言っていただけました。

  • 栽培のしやすさ、収穫、着果性など、栽培の評価を調査したところ、十分満足いくレベルの「3」という評価をもらいました。

  • 消費者の評価は、食味やかたちなど、全体としてとてもいい、というレベル「4」でした。果実のかたちについては、花落ちが大きいとか、外観がゴツゴツしているとか、いろいろな意見がありました。7月の始めごろまでは、温度が足りないため、果実の成育が悪く、ゴツゴツすることがありますが、今の時期に入ると、非常にいいものができます。また、実際に食べていただくと、「すごくおいしい」、「食味は非常によい」という評価でした。

  • 「サラダ紫」は都会でよく売れます。田舎ではあまり売れません。田舎では、なすを生で食べるという発想自体がまだちょっと浸透しにくいのかもしれません。直売所でも、駅前では売れても周辺では売れなかったり…。場所によって売れ行きが違う、という結果が出ました。

  • 食べ方を提案しないと、なかなか食べてもらえません。そこで、即席漬けや、タマネギドレッシングで和える食べ方などを提案しました。もちろん、そのままスライスして塩をふってもいいし、好みのドレッシングをかけていただいても十分おいしく食べられます。

  • 「サラダ紫」は平成21年3月19日に品種登録がおりました。現在、まだ1ha規模ですが、横須賀の大楠など、神奈川県内のあちこちで生産され始めたところです。直売所を中心に、東京にも出ているのではないでしょうか。
◇ソルゴーの障壁栽培
  • なすを栽培するとき、回りに、牛の飼料などにする「ソルゴー」という植物を風よけに使う、という方法があります。これを、「ソルゴーの障壁栽培」といって、風よけ以外にも天敵を生かせるというメリットがあります。

  • ソルゴーには、アブラムシがたくさんつきます。このアブラムシは、ソルゴーにだけつく種類のもので、なすにはつきません。で、このアブラムシを食べに来る天敵がいる。この天敵は、ソルゴーにつくアブラムシも食べるし、なすにつくアブラムシも食べます。ですから、この天敵がたくさん寄ってくれば、農薬をまく量を極端に少なくすることができます。

  • ソルゴーの障壁栽培は、相当効果的です。この方法で栽培されたなすは、農薬の散布量が少ない、と考えていいと思います。

  • なすは、1500年間も日本で作られてきました。1500年のうち、いわゆる有機栽培の時代が1400年くらいあるわけです。それだけの期間を乗り越えてきただけのことはあって、適期にきちんと作れば、それほど虫はつきません。最近は、きれいななすを要求されるので、農薬をまきます。ただ、ソルゴーをうまく使った農家は、農薬の量が少なくて済んでいると思います。
 
 

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